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金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

<   2019年 02月 ( 27 )   > この月の画像一覧


密教1030
温故知新と現代考

温故知新とは古きを訪ね新しきを知る、古い知識を學び現在に活かす知恵である。
私は常々、古き事を學んで居る、それを活かしこそが真の學びと信じて止ま無い。
密教は全て古き事の學びである、古き否定して密教を語る事は、不可能である。
千二百年前、弘法大師空海が真の密教を渡来した事が始まりである。

古きを嫌い現代を生きるは、杖を持たず漆黒の闇を行く様なものと考えます。
また靈を否定する事は自身を否定するに似たり。
知る事は有意義な人生を送る為にも必須である。

恐れ不安は無知から来る感情であり、知るは理性を育みあなたを成長に導き、その後の人生を豊かにするのである


例えば間違った道を行けば当然、自分の目指した目的地に到着する事が無い様に、新しさばかりを追い求めても真の姿を見る事は出来ない。


様々な事を學び自らに活かす時、あなたの人生は輝きを増し苦難をも乗り越える力を得るのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


古くから伝えられ現代に存在する教え、美術品など、伝え続けられてきたものというのは、伝え続けた人がいて現代にも通用する素晴らしいものであるからこそ、現代まで残っているのです。
そう考えると、素晴らしいと思います。
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-27 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1029
私の寺は単立寺院

今から四十五年前、私は在家【一般家庭】から出家しました、初めて得度を許されたのは、法華経の行者【御上人】金田道跡師僧である。
私は師僧の下で大乗仏教の基礎を學ばせて頂きました。
誠に有り難い限りです、しかし私の中に存在する密教への憧れに似た探求心を拭う事が出来ませんでした。


そして意を決して師僧に御願いを申し上げました、以下は
その時の様子である。

先生、自分は密教を學びたいのです、お許し下さい、師僧はそんな私に優しく言って下さいました。
汝が行こうとして居る道は険しく、辛い道ぞ寺に残り末長く學んではどうだと諭して下さいました。
師僧は私の境涯を知って跡継ぎにとお考えだったのです。
私は師僧の想いを裏切り密教の道へと突き進みました、しかし帰る寺も無い若造の私に見向いてくれるほど甘い世界では無かった事を私は後に嫌と言うほど想い知りました。


しかし捨てる神あれば拾う神ありの諺に曰く、ある師僧のおかげで密教の伝法を受け現在に至ります。
現在は単立寺院として布教に汗を流す毎日である。
普通なら単立寺院は成り立ち難い分野でありますが、御本尊様の御慈悲で続ける事が出来ております。
今後も住職として恥無い様に文武両道を忘れず精進して参る所存です。


何故、坊主が文武両道を旨とするか?
天部、明王部の御仏が様々な武具を携えて居るかを考えれば、誰にでも解る簡単な原理原則である。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


師僧が赤不動明王院を建てられ、僧侶として歩んでこられたのは、並々ならぬ苦労があったのだろうと思います。

密教塾は在家で學ぶことができる塾です。
私もこうして學ぶ事ができ、ありがたく想っています。
學びを選ぶのは自分です。
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-26 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1028 反省無き者


密教1028
反省無き者

当院では今までに数え切れないほどの相談者と面談して参りましたが、唯一解決に至らなかった事案があります。

それは反省無き者である全てを靈的被害と決めつけ、自分には一点の非もないと主張する者を救う事は、叶いません。
何故ならば憑依されたのも自身の波長の低さが原因なのである、一時凌ぎに除霊したとしても、また直ぐに他の未浄化靈に憑依されるからである。


まるで走馬灯【回り灯篭】の様に同じ事が繰り返されるのである、正に負のスパイラルである。
波長を上げる事は、一朝一夕に出来るものでは有りませんが、反省無き者を続ければ待って居るのは、破滅である。

何故か上記の者の特徴は常に自分が正義であると云う傲慢と錯覚に満ちた生き方をして居る事に気づかず、態度、言動に誤りがあるからです。


そして常に被害者意識に身を置き、自分は悪くない、相手が悪いを繰り返して居るのである。
そう成ると説得は不可能である、何故か聴く耳を持たない人間に説得は無意味である。

例えば其処でお茶を濁す様に上記の者に一時的に付き合うのは、簡単である。

しかしその者の救いにはならない、益々増長傲慢に拍車を掛けるだけである。
もしあなたが上記の様な反省無き者に遭遇した場合は、次の言葉を思い出して下さい。
放念である、あなたが上記の者と関わり傷つく必要は有りません。
今の世の中は、檻のない動物園なのだから。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



反省...
人は、反省があるからこそ、成長ができるのだと思います。
自分は正しい! という考えは、時には物事を曇りガラスでみるように見難くさせ、様々な助言を聞いても耳を通り過ぎるだけで、ますます自分の正当性を主張するようになることもあります。

残念なことです。

本人が観ようとしなければ、何を言っても、言われても、変わらない事もあるのだと思います。逆に助言をした人が傷つくこともあります。関わりは、ほどほどにしておくのも大事なのかもしれません。

一人でも多くの人が、自分を振り返って幸せに気づいてほしいと思います。
私は、反省する事ばかりです...
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-25 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1027
悲しき霊
【帰りたい帰れ無い】

イジメ、誹謗、中傷に耐えられず自ら死を選び死んだ人達は、今現在、後悔の中にある家族に自分が居なく成った瞬間から苦しみのるつぼに追いやった自戒の念に苦しんで居る、しかし覆水盆に返らず、亡くした命は元には戻りません。
まだ救われるのは、自殺した本人が帰幽してくれれば幸いです。

しかし怨みをそのままに、浮遊靈を選択した場合は、イジメ、誹謗中傷を推進した者達は、哀れである。

様々な不幸に泣く事に成る、何故か報いである、当たり前の法則である。


私は提言します、くだらない遊び感覚でしでかした事が、その後の人生を大きく左右する事がある!
正しくは、イジメや誹謗中傷する暇があったら自身を高める努力をしなさい。


靈は自由である、法的規制や人間界の常識は通用しない怨みの念は、法律も常識、現在の知識、常識は通用しないのである。

靈は究極の自由体である、人間界の常識、非常識など通用するものでは無い。
追い込んではいけ無い、人を死に追いやる行為はそれほど罪深い行為なのである。


殺人など論外である!真に知る時、常人は震え上がる事に成る。
しかし、その行為をしたのは当事者である、行為の後に後悔する依りも、今の自分を高める事の方が何千倍も有意義な事に氣づき生きる事がどれだけ良いか、解れば私は書く事を失うで有ろう。

私は願う、他をイジメ、誹謗中傷する事がどれほど愚かな事か、自分の人生を泥沼にしても、イジメや誹謗中傷を楽しむ人は、やり続けるが良かろう。
但し最後に泣く事も許されない事を覚悟してやり続けなさい。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



軽い気持ちで行ったことが、他人を追いつめてしまうこともある。
追いつめられた者は、苦しみ、もがき、死を選ぶ。
他人を苦しめた事実は、簡単には消えることなく 、苦しみの中で死を選んでも、苦しみから逃れることはない。

イジメ、誹謗中傷といった愚かな行いは、自分にとって何も良いことはありません。
大人として、恥ずべきことです。
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-24 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1026 哀れな憑依霊


密教1026
哀れな憑依霊

それはある依頼から始まりました、話しを伺うと数年前に亡くなった息子さんの供養をして欲しいと云う依頼から始まりました。
法要の日、支度を整え依頼者の家に伺いました、仏間に通され供養を始め様とした時、私は妙な違和感を感じて依頼者に尋ねました。
失礼を承知でお尋ねします、本日の供養者は、尋常な亡くなり方では有りませんな?

何故ならば、死んだ時のままの姿でうなだれて居る姿が私には、視えるのである。
それだけでは無く、死を理解して居ないのである、家人に憑依を繰り返し、憑依をされた人は、体調を崩し、困って居たのである。


依頼者は薄々、解って居た様である、だから菩提寺がありながら私の噂を耳にして依頼して来られたのである。
【依頼者談】
実は亡くなられた息子さんは暴走族に入り、暴走中に道路の分離帯の防護壁に激突して死んだのである。


彼は未だ自身が死んだ事を理解して居ないのである痛い苦しい、めくるめく感情の中で苦しんで居るのである。


私は依頼者と相談し、彼に死んだ事を理解させる為のある秘法を謹修する事を決断しました。
【模倣を避ける為詳細は割愛します】
新たに支度を整える為、私は寺に戻り、準備に掛かりました。

後日、準備万端の状態で慰霊に臨みました。
修法も終盤に成り彼がどうしても聴いて欲しい事があると言うので、私は自身の身体に憑依させ、彼に心ゆくまで語らせました。
参列者、全員が涙に暮れました、彼は、納得して親族の靈と共に靈界に帰幽して行きました。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝


死しても、死んだことに気づかず、苦しみを理解してもらうために、家人へと憑依をする。
亡くなってから、自分が行った行動を反省し、みつめることとなったのだろうと思います。

もう少し早く気づいていれば、きっと良い人になっていたのだろうと思います。

読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-23 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1025 靈障


密教1025
靈障

現在、靈障に悩まされて居る方々が増えて居るのは事実である。
例えば頑固者をあなたは、説得出来ますか?
乱暴な者をあなたは、押さえつけられますか?
わがままな者をあなたは、改心させられますか?
除霊とは上記も含め様々な例にも即応し浄霊に導く事を指します。

【模倣を避ける為に方法は割愛させて頂きます】
憑依する靈は、一言で言えば他の迷惑も考え無いわがままな存在と理解して頂けばお分かり頂け様。


そんな靈を相手に簡単な方法が通用すると思いますか、通用しません。
例えば人生経験の薄い者が目上の人を完璧に説得出来ますか、そして感動を与える事が出来ますか。
除霊、浄霊は順序、方法を誤れば悪化する事が多々あります、安易な方法はお勧め出来ません。


狂気な者に安易に近づき、こちら側が無防備な状態にある場合、結果は火を見るよりも明らかである様に。
皆さんにもお分かりの事と考えます。
君子危うきに近寄らず、學ぶ事は、大いに學び、自身の力量を知る事も大切である。
正に無知とは無力、正しき修練無しに挑むは、愚か者である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



除霊、浄霊...
安易なものは、安易。
除霊、浄霊をするということは、簡単なことではなく、簡単にできると思い真似事をするとき、大きなしっぺ返しが待っているのだろうと思います。
除霊、浄霊は、自分を格好良くみせるためでも、素晴らしいものでもなく、亡くなった人とどう向きあうかが問われているのだと私は思います。
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-22 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1024
浮遊靈は何故増えるのか

此処で理解し難い方々の為に解り易く説明します。
例えば生きていた【生前】時に傲慢な人が死後優しく変わりますか、または、無神論者が死後、信仰に目覚めるであろうか。
増してや生前に、死んだら終わりと考えていた人が死後も意識がある事をどう解釈するであろうか。


間違い無く戸惑い、彷徨い光を拒絶します、ある人は死んだら墓に入ると思い込んでいるので、一生懸命に墓石の中に入ろうとするが入れず、墓石の前で呆然として居る光景を私はよく見る事があります。


やがて諦め生前に暮らして居た環境に戻ろうとしますが、其処には最早、自分の肉体は荼毘に付され有りません。
家族や友達に話し掛けても誰にも分からない、そして諦め彷徨い、他の浮遊靈にそそのかされ、取り返しのつかない次元へと堕ちて行くのである。


その最も良くない事例が自殺である、自殺しようとする人の殆どが、靈界など全く信じ様としない人達です。
何故か少しでも靈的知識があれば自殺などするはずが無いのである。
それは、自殺をすれば生きる依り辛い事が待っているからである、人生は學び【自分で決めた學生生活】自分で決めた生活を自分勝手に辞める事は、人生の中退を意味する。


他にも様々な原因で浮遊靈になる人が居る、事故死であるそれも暴走行為の果てに死んだ人は、かなりの確率で浮遊靈と成ります。
そして満たされ無かった想いを憑依する事で満たそうとする事で靈障が起こるのです。

次回は、実例を挙げてお話しよう。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


自分の体が荼毘に付されて、骨となっても、生前の考え方はなかなか変わらない。
そして、他人の体を乗っ取ろうと悪行に手を染める愚かさ...
他人の体は、自分では無い。
自分の体が戻ってくるわけでもない。

そうして、細胞が分裂するように、悪い仲間を増やしていくのですね。

自分の好き勝手に振るまうことは、幸せからは遠いのだと、感じます。
読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-21 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1023 虫の知らせ


密教1023
虫の知らせ

普通の方々は虫の知らせと云うと不吉だと考えるかも知れませんが、不吉でも何でも無いのである。

愛する人が最後にどうしても知らせたいと云う想いが具現化した現象なのである。

例えば台所の鍋が床に落ちた音がしたので、見に行くと何も落ちて居ない、扉が風も無いのにけたたましく音を発する、テレビのスイッチも入れて無いのに、テレビが勝手についたと、様々な現象が確認されております。


その他にも、嫌な予感がして何時もより家を出るのが遅れて難を逃れた事例もある。
また遠く離れた両親が気になり休みを取って帰省したら親が寝込んで居たので病院に連れて行くと、医師に後少し来るのが遅れて居れば大変な事になって居た事例もある。

予感も虫の知らせも、言い方こそ違うが、同じ線上にある事がお分かり頂けると思います。


忌み嫌うだけでは本質は見えて来ない、冷静に分析する事が真実に近づく早道と私は考えます。

また、不思議思考は、誤りこそあるが真実に到達する事は、無い。
まずは真剣に學ぶ事こそ先決である、何故人間には予感、虫の知らせと言ったような能力が備わって居るのか?
現代科学では解明しようとしない事に挑むのが、心霊學である。
分からない事そのままにするも良し、全ては自由である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


私は虫の知らせのような出来事を経験したことがあります。
生前親しかった人なら、夢でも会いたいと想うことだってあると思います。

亡くなる前に一目会いたいという気持ちが、様々な形で知らせるのでしょう。

私はこの出来事によって、霊はあるのだろうという想いが増え、死後について考える大きなきっかけとなった。

虫の知らせで私は、亡くなった人への未練、悲しみが減り、ああ亡くなったんだなという実感と亡くなった人への今までの感謝の気持ちがわいてでてくることとなりました。
亡くなった人も、見送る人も、前向きに歩くために虫の知らせはあるのだろうと私は思います。

読んでいただきありがとうございます
慈福

by fudou8jifuku28 | 2019-02-20 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1022 悲しい靈現象


密教1022
悲しい靈現象

当院には様々な依頼がありますが今回は、余りにも悲しい事例をご紹介します。

最後の別れに来た靈体
私の元に供養の依頼がありました、私はお引き受けしますと言って電話を終え、支度に掛かりました。

そして依頼者がお越しになり法要前に緊張を解いて頂く為にお茶をお出しすると緊張がほぐれたのか、ポッリと言われました。

今日、御供養を御願いしたのは、事故で亡くなった婚約者【彼】の慰霊をして頂く為に参りましたと言い、ポロリと涙を流されました。
事情をお聴きすると、結婚式を一ヶ月後に控え、新婚旅行に行く為に仕事をやり貯めして置かなくてはならず、その日は、帰りが深夜になってしまい疲れも溜まっていたのでしょう、事故に遭って亡くなられました。


彼が事故に遭った同時刻に彼女は、車のホイールがぶつかり合う様な音で目が覚めました。
そして電話が鳴り彼の事故を知りました、即死だったそうです。
葬儀はしめやかに行われ、彼女は、放心状態であったと云う当然で有ろう。

そして初七日の法要が終わり毎日の様に彼が立っていると感じる様になったそうです。
彼女は、嬉しいのですが、反面このままでは、いけないとも感じて当院に来られたのです。
彼は自分の死を理解して居ないのです私は彼の靈に話し掛け説得を続けました。
彼の靈は納得して靈界に上がる決心をされました。

ただ彼女に伝えて欲しいと云うのです自分の事は、一日も早く忘れてしあわせに成って欲しい、自分がしあわせに出来ずごめん。
私は渾身の力を込めて彼を靈界に送りました。
彼女に彼の言葉を伝えた時、涙が溢れましたが、御供養を終えた時、心が晴れたのか、明日から頑張りますと言ってお帰りになりました。

正に諸行無常、今は悲しみをバネにして彼女のしあわせを祈念しております。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


→ココから文章
結婚を夢みて、仕事に邁進する二人...
二人の生活を夢は、悲しく崩れた...

愛する人を護りたいという気持ち、愛する人から離れたくない、そんな気持ちがあったと思います。
しかし、二人とも前に進むためには亡くなったことを理解しなければいけないのだと思います。

幸せを掴む直前の悲しさは、苦しいものがあったと思います。
しかし、婚約者の方との短い日々は色褪せることなく、心の中で生き続けるのだと思います。

読んでいただきありがとうございます

by fudou8jifuku28 | 2019-02-19 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教1021 靈的悩みの増加


密教1021
靈的悩みの増加

私の寺には毎日のように靈的悩みを抱えた方々がお出でになります。
この悩みの根源は当事者が誰にも相談出来ないと言う現状にあります。
それは、日本の明治時代のある大変な愚行が根底にあります、日本の仏教界も国も靈を認めて居ない現状にあります。
例えば靈的な事で真剣に悩んで居る人が病院で言えば精神科の受診を勧められます。

上記が現状である、ではどうしたら良いのか?
私がお教え出来る事は、まずは冷静に自分自身を観察して下さい。
自分の上に起きた現象や不安感を箇条書きして下さい。
全て書き終えたら、一行づつ冷静に且つ理性的に分析する事が必要です。
ただ恐い怖いでは本質に辿り着く事は、出来ません。


例えばラップ現象【騒靈現象】ビシ、バシと云う様な音は、静電気を疑って下さい。
但し、鍋が落ちた様な音や金属を打ち鳴らした様な音は、要注意である。
照明の点滅は器具の故障をまず考えて点検すると良いでしょう、それから怒りの波動は電気製品を狂わせ事があるので注意が必要です。
上記以外にも様々ありますが此処で全てを書き連ねる事は、出来ません。
まずは自分で納得が行くまで冷静に考えて下さい。
そしてどうしても納得が行かない場合は、信用の置ける寺か真面目な能力者に相談する事を考えて行動する事が大切です。
何度も言いますが一番大切な事は、自分で冷静に理性的に考え判断する事が良いでしょう。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



靈的悩み...
つらいものだと思います。
他者に話せば、理解されないだけではなく、変わった人だと思われたり、嫌われたり...

人は、少数派の者を排除し、自分達と違う者は変だという評価をして優越感にひたっています。
悲しいことです。

わかり合う、理解し合うことで、どちらも學びに繋がり成長できます。
最初から排除しては、何も學ぶことはできないと思います。
読んでいただきありがとうございます
慈福


by fudou8jifuku28 | 2019-02-18 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)