金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

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密教914
靈的迷宮入りは、無い

人間界において、迷宮入りの事件は多々ありますが、靈的に考察すれば、迷宮入りは存在しません。
簡単に言えば、死に逃げは出来ません!

何故か?
意識は、未来永劫、失う事が無いからである。死んだら終わりと考えるのは、肉体を視点的に捉えた物質論であり、魂を除外視した思想から生まれた愚論である。

現界で犯した罪を償わず死した時、その罪は、何倍もの責苦になって返って来ます。
細かな説明は割愛しますが、事実である。

交霊会で死者にその様子を聞けば、身に覚えのある者は震え上がるで在ろう。
交霊会に参加する事は、一般的には難しいので、様々な心霊學書をお読みになれば、私が言って居る事が本当である事がお判り頂けると考えます。

過去に自分の罪を隠す為に、獄中で自殺した犯人も居ます。
また、相手を殺害し、自らも自殺した犯人も居ます。
それは、二重に罪を重ねたに過ぎ無いのである。

死に逃げは有りません!
むしろ現界で反省し、罰を潔く受けた方が救われるのである。

未来永劫に苦しむか、反省して再生を選ぶかは、その者の成熟度である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



数々の迷宮入り事件...
バレなければよいのだと、悪事を重ねる人。
生きているときに反省もせず、逃げきれたと思って 自分の行いを振り返らないでいるとき、大きな苦しみをうむことになる。

仏様はすべてお見通しです。
読んでいただきありがとうございます
慈福

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-31 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教913 悪事


密教913 悪事

何故未だ、イジメや誹謗中傷といった犯罪が横行して居るのか。
何故、止まないのか?
それは、魔の性質にあります。

普通の人なら反省し、繰り返す事はしませんが、イジメや誹謗中傷を楽しく感じ、辞めない者も存在します。
それは、行為を楽しむ邪悪さが根底にあるからである。
それを私は、魔の性質と呼んでいます。
これはやがてエスカレートして、犯罪を引き起こす要因に発展する事が多々あります。

それは何故か?
罪悪感が薄れて行くからである。
始めは小さな悪が、やがて兇悪に移行してゆくのである。
其処には、何重にも浮遊靈が覆い被さり、一個の悪事を楽しむ物体と化したものが【者】存在して居るのである。
呼び込む、言わば自分で憑依される様に行動した結果が、上記の成れの果てである。

続ける事は破滅を意味し、取り返しがつかない状態になった時点で、その者の未来は消滅する。
信じるも信じざるも自由である。
但し、続ければ後悔などしない精神構造に陥ります。

次回は、霊的迷宮入りは無い。を書きます。
これを読めば、今回の悪事の性質の恐ろしさが理解出来ます。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


イジメ、誹謗中傷...
インターネットは、気軽に書くことができて自分の想ったことを発信できるという利点があります。
しかし気軽に書けるということ、また匿名性を利用して、誹謗中傷をネット上で書き込んだりして自分の制御ができずに悪口ばかりの人もいます。
最近では、犯罪被害者とされている方に対する心ない言葉などもインターネット上で書かれることもあり、驚くことがあります。
誹謗中傷を楽しむことは、闇に落ちる道だと思います。

読んでいただきありがとうございます

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-30 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教912 自殺を考えて居るあなたへ

まずは、自殺現場の様子を想像して下さい。
写真を見るなり、遺族のその後を聴くなり、様々に方法は有ります。

上記の事を調べた上で、まだ死にたいと言う感情が抑えられないと言う方は、最後に私と話しをしてみませんか。

私は、無理矢理止めたりしません。
ただ話し合い、共に解決策を考え、あなたを苦しみから解放したいだけである。
【宗教の勧誘では無い事を、ここに断言します】

但し、嘘、偽りの類いの相談である事が判明した場合は、それなりの報いが生じる事をご理解願いたい。
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御仏は、悩み、苦しむ人に寛大である。
何故か。
人生を全うする事が、御仏の御意志であり、救いの御手を差し伸べられるのも、大慈悲からなのです。
お嫌いなのは、怠惰、傲慢、偽りの心である。正に人間にとって不必要な感情である。

上記を改めず、続ければ、後に数倍に拡大した、苦しみをその者が味わう結果と成る。
これが、因果応報の法則なのです。
そんな馬鹿な事など信じられないと思う方は、どうぞ御勝手に、思うがままに振る舞えば良いだけである。

未だ止まない、イジメ、誹謗中傷の類いは、上記などあるものかと嘲笑い、影で怯えています。

何故、人が人を傷付ける事を辞められないのか。
それは、悪の性質を変えられない弱者だからである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



自殺を考えるとき、頭の中は死ぬことばかりで、死んだ後どうなるか...
といったことまで考えることができないでいると思います。
人によって死を選ぼうとする理由は様々ですが、死を選ぼうとするまでに追いつめられているときは、自分の考え方が悪いほうにズレていることがあります。
そんな時 、信頼する人に話を聞いてもらうと少しホッとできるように思います。
独りで悩み、自殺という結論を出すのは、早すぎるのではないでしょうか?

御仏はいつも見守っています。
有り難いことです。
読んでいただきありがとうございます

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-29 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教911
青春のやまい【病】

私の元には、若い方からの恋愛に関する相談も多々あります。
若いからこそ悩み苦しみ、自暴自棄に陥り易いのも事実である。

男女問わず、失恋に涙し、生きる事さえ放棄しようと考えるのも若さ故である。

一つの恋の終わりを理解出来ず、自暴自棄に成り、自らの命を絶つ行為に疾る者も少なく無いのが現状である。

生きる事は経験値の積み重ねであり、これが駄目だったから自分の人生は終わりだ、と決め付ける事は余りにも早計である。

命にリセットは存在しません。
強くなくても良いのです。
泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いて、涙を拭ったら、その時は涙目でものを見ず、透明なガラス越しに景色を眺める様に、素直に受け入れられる自分に成る事です。

私は、自殺された方々の靈とも会話しました。
全ての自殺靈は言います。
自殺した事を後悔して居る、と。
しかし、もう取り返しがつかないのです。

出来る事は、素直に帰幽して、幽界で一から修行するしか道は有りません。

私達は、生きて居るからやり直しが出来るのである。
自殺を選ぶ事は、やり直しを放棄し、自ら望んで苦界に身を投じる事になる。
あなたはどちらを選びますか。

若さゆえに、苦しみ、悩み、恥ずかしさに耐えられ無い事もある。
そんな時、私はあなたに寄り添います。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



若いと、ひとつの出来事でもなかなか受け入れられず、悩み、悲観するときもあるように思います。
しかし、どのような出来事でも自分の経験値としてみることができたとき、つらいことも自分の中で受け入れ、前に進むことができるのだと思います。

読んでいただきありがとうございます
慈福


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by fudou8jifuku28 | 2018-10-28 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教910 供養


密教910 供養

毎月決まった日に、御供養を依頼されて居るお宅に出向き、御供養をさせて頂いております。
みなさん信仰心の厚い方々で、当院の御本尊様にお心を寄せて下さる方々ばかりです。
中には、一年通して予約されて行く方々も【檀家】お出でになられます。

供養の目的は、回向。
追善供養を届ける意味合いがあります。
正に、冥福であります。

お子さんを亡くされた方、最愛の奥様、旦那様を亡くされた方。
皆様が望まれるのは、自分の事より故人の冥福であります。
拙僧は毎回、一心込めて勤めさせて頂いております。

時には、貰い泣きしそうなことも多々あります。
残された者の悲しみ苦しみは、私には痛いほどわかります。

供養経の後、拙僧は必ず法話を聞いて頂いております。
法話は、遺族の心を和らげる題材を事前に用意し、重複しない様に記録してお話申し上げております。

近頃、変化がありました。
みなさんが、心靈について興味を持たれて来たのです。
さもありなんと考えます。

今迄は無縁と考えていた事が、自身の周りに起こった時【死】その内容、死後の事を知りたい衝動に駆られるのは自然な事であります。
みなさんが異口同音に、『もっと早くに知っていれば、今際の際の対応も良くしてやれたのに』と言われます。
今は、ほとんどの方が學んでおられます。
嬉しい限りです。

私は、一人でも多くの方々が學ばれ、靈魂の意味や存在を理解されて、より良い人生を送って頂く事が最高の望みであります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


身近な人の死は、自分もいつか死にゆく身であるということを教えてくれます。
生きている者が亡くなった方にできること...

故人を心配させない生き方をして、亡くなった方々に思いをはせ、感謝の気持ちを伝えることではないでしょうか...
生きているうちに、死とは何か..
学ぶことも自分にとって大事なことであると思います。

読んでいただきありがとうございます
慈福


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by fudou8jifuku28 | 2018-10-27 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教909 極める


密教909 極める

人は何故、一つ事に打ち込めるのか。
ただひたすらに努力し、極め様とする姿には、感動を覚えます。
それがスポーツであれ、勉強であれ、打ち込む姿勢は何処から生まれるのか?

強制されて行う事と、自発的に行う事では、先に行ってから、かなりの違いが出るのは当然の理である。

學びも同じである。
何故やるのかではなく、答えはシンプルである。
好きだからである。

諺に曰く、好きこそ物の上手なれ。
好きだから、にそれ以上の答えはないと私は考えます。

私が若い頃、武術で身を立てようと発願し、無我夢中だった頃、楽しかった。
神社の境内をお借りして、稽古に励んでいた頃は、夢に向かってただひたすらに打ち込んで居りました。

その私も齢六十五。
若い頃の様な動きは出来ませんが、未だ思い出しては、稽古の真似事などをして居ります。
近くのグランドで高校生が陸上の練習をして居る姿は、正に活気に溢れ、ほとばしるほどのオーラを発し、若さの尊さを感じる毎日であります。
どんな事でも、結果は後から現れるもの。
結果ばかりを望み、疾る時、そこには美しさを感じる事はない。
ただひたすらに、努力と楽しさが融和した時、結果は、 付いて参ります。

始まりは、好きだから、で良いのです。
そして、箸を持つ様に、自然に扱えるようになった時、あなたは極める事を完全に理解した瞬間です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


何かを極めている人は、素晴らしいと思います。
誰でも初心者からはじまり、学びを深めていくうちに成長する。
最初はあまり楽しいと思わないことでも、取り組んでいくうちに少しずつ上手くできるようになったり、好きになってきたりすることがあります。
最初は上手くできなくても、何度か繰り返し練習していくうちに、少しずつできるようになってくるのです。
その嬉しさが、頑張ろうという力をくれるのです。
読んでいただきありがとうございます

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-26 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教908 交霊会


密教908 交霊会

私は、定期的に交霊会に参加して居る。
交霊会に参加して感動を覚えるのは、様々な人間模様である。
どの体験が一番ではなく、私は、全ての体験に感動を覚えます。

人の一生は、感動を求めて働く旅だと私は考えます。
それが他から見て愚直に見えても、その方には合った生き方なのである。
他の人の生き方を云々する人は多い。
だが、他を云々する人が、自己が満足する生き方をして居るかは疑問である。

交霊会で出現する人靈は、不満を抱えた靈が多い。
聞いて欲しい。
何とかして欲しい。
昨今は、上記の訴えが増えて居るのが現実である。

満足とは何かを考えた時、あなたはどう考えますか?
お金持ちに成り、全てを自由に生きたいですか。
お金持ち、権力者、と言われた方々が、不成仏靈に成る確率が高い現実を、あなたはご存知ですか。

では何故、人生を満喫された方々が不成仏靈に成る確率が高いのか。
それは、謙虚と感謝の心が欠落してしまったからである。

以下、例題

私は〇〇財閥の者であり、この満たされない状況にある事は不本意である。
私に不自由は必要無い。
直ちに改善策を考える事を命じる。

上記は、正に自身が死せし事を理解して居ない為に、現実を把握出来て居ない症例である。
この通り、死を理解せず浮遊靈に成る人は年々増えております。
それは何故か?
感謝、感動を忘れ、物質主義に毒された証ではないでしょうか。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



お金がある、権力があることが幸せだと思っているなら、そのように思っていれば良いのです。
すべてが満たされた環境であれば、それが当然だと思って、感謝の気持ちは出てこないでしょう。
様々な経験をして、有り難さを知るのです。
小さなことでも、ありがとうと言われると嬉しいですね。
読んでいただきありがとうございます

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-25 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教907 墓捨て


密教907 墓捨て

昨今は、墓捨てが流行の様である。
私は、以前から言って居ますが、先祖の無い人は、存在しません。

人間は、雑草では、無い。祖先を敬い、尊ぶ事は、美徳であり、今の自分の証しです。
墓は、面会所。
仏壇、厨子は、礼拝所である。
それを捨てる事は、自分を捨てる事に繋がります。
子孫に繋げ、子々孫々に伝えるのが、家長で有り役目なのである。
息子が娘が墓参りの習慣が無い、それも良いでしよう。
但し、人間は、生まれたら必ず死する事を忘れては、居ないでしようか?
只の骨と考えれば、カルシウムの残骸である。しかし、元は人間、如何なもので在ろう、私は、散骨も良く無いと考えます。
散骨する位なら、焼却場で全てを、焼き尽くし、完全な粉にし、捨てれば良い。
さすれば、何の未練も無い、しかし、それは、全ての縁を自分から、断つ覚悟が必要である。
自分は、会った事の無い先祖と考えて居るから、墓捨てが出来るのである。
そして、無縁墓が急増して居るのも事実である。
墓に貼紙をされ、撤去され、捨てられた墓は、本来は、破砕され、さざれ石に成り、人の役に立って役目を、終えるのだが、積み上げさざれ石にもなれない、墓石は、日本中に存在して居る、考えて下さい。
あなたの愛した人の墓を、あなたは、捨てられますか、私には、出来ません。
せめて故人の生きた証を残し、回向するのが、現界に生きる、私達の責務では、無いでしょうか。


最近、テレビなどで墓じまいという言葉をよく聞くようになりました。様々な理由からお墓を手放す人が増えているようです。

そういったお墓は、産業廃棄物として処理されたり、他の墓石とともに積みあげられたりするのだと、報道されていました。
私が驚いたのは、まだ建てて年数があまり経っていないお墓まであり、それらが山のように積みあげられている姿に衝撃を受けました。

お墓、仏壇は、お参りする場所...
亡くなった人に想いを馳せる場所...
そして、日頃の感謝を伝える場所であると私は思います。
想いが宿ったお墓、仏壇であって、ただの石でも、像でもないのだと...

ご先祖様に想いを馳せることも少なくなるのだろうと思うと、悲しいことです。

読んでいただきありがとうございます
慈福


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by fudou8jifuku28 | 2018-10-24 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教906 靈視とは何か?


密教906 靈視とは何か?

靈視とは、普通では捉えられない言葉、事象、現実を的確に捉え、改善策を伝える事である。
私は、過去に数え切れないほどの事例を積み上げて来た。
その経験で言えば、大切な事を無視して来た結果である。

例えば、困った時の神頼みなど有り得ません。
普段から、敬い尊ぶ心を育み、やがて折衷の心を理解したならば、精霊も理解を示し、その者を守護するであろう。
摩訶不思議な事を口走り、信用される様な事はありません。

何故か?
摩訶不思議な事を口走るのは、真実を知らない詐欺師である!

当院に来て、私の靈視を受けた方ならお判り頂けると思うが、摩訶不思議な事を羅列して相談者を惑わした事はただの一度も無い。
相談者の方の悩みに真摯に向き合い、解決策を見出すのが当院の靈視である。

人間、困った時は不思議思考に走り易くなります。
そんな時は、出来るだけ冷静な判断をする様にして下さい。

あなたの家の先祖が祟って居る、は有り得ません!
先祖は、親の親である。
子孫がよほど酷い事をしない限り、祟る事は有りません。

私の経験で言えば、酷い子孫は増加して居るのが現実である。
例題を挙げたいが、長文になるので次回に持ち越します。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



普通では捉えられない言葉、事象、現実を的確に捉えるだけではなく、改善策を伝えるということは、難しいことだと思います。
視る、ことができるという人は多くいます。
しかしその情報を分析し、的確な判断をする事は、難しいものであると思います。

不思議を強調し、恐怖を煽る...

もし自分の死後、数代後の子孫から祟られているなんて言われたら...
と想像してみてください。

子孫を見護ることはあっても、祟ることはないでしょう。
先祖が祟ると言っている人は、よほど自分が御先祖さまに失礼になるようなことをしているのかもしれませんね。

先祖が祟ると言われても、あまり気にしすぎないことです。

読んでいただきありがとうございます
慈福


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by fudou8jifuku28 | 2018-10-23 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)

密教905 予言


密教905 予言

当院ではここ数年の間、密教塾に於いて発表して居る。
が、来年の発表は希望者のみに配信する事に決定しました。
的中率に関しては、配信された方々が一年掛けて検証して頂けば良い事であり、此処で云々する必要はない。

予言とは靈界からのお示しであり、指針である。
自分に押し当て、転ばぬ先の杖にして頂く為に配信して居ります。

但し、予言が詐欺師の材料に成るならば、私は今後一切予言は伝えません!
真面目に指針として下さる方々の為ならば、喜んでお伝えします。

しかし、今の日本は、金、金。
正に餓鬼の群れの様相を呈して居る。
情報は、扱い方によっては毒にも薬にも変化します。
悪用すれば人を地獄に誘い、善用すれば予防となる。

では何故、善用と悪用が、並行するのか?
魂の問題である。
醜い魂に身を置いて、騙す事に喜びすら感じる畜生に身を置く者も存在して居る。
金の為に嘘をつき、平然として居る者が横行する。
正に、末世末法の世がではないでしょうか。

個人がやれば詐欺、大手企業がやれば偽装。
あなたは理解出来ますか?

例えば、誹謗中傷を趣味とする輩は、無機質な物質を宿す未浄化な者である。
私は逃げも隠れもしない!
正々堂々として居る。
私に挑みたい者が居るなれば、私はいつでもお相手致す。
但し、負けた者は逃げる事は許されないのが現実である。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


予言...
世の中には様々な予言があります。
身近なことから、災害に関する予言まで...

予言とは、人を不安にさせるものではなく、様々な出来事への心構えをするためのものであると思います。
読んでいただきありがとうございます

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by fudou8jifuku28 | 2018-10-22 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)