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金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教920 葬儀


葬儀

葬儀とは何か?
単なるセレモニーと考えて居れば、それは大間違いである。
葬儀とは、故人に死を悟らせ幽界【霊界の前段階】に行く為の大切な行為なのである。

人間は皆、死せし時に意識がある事に驚き、戸惑います。
何故か?
普通の人は、脳が全てを考え【肉体が全て】司って居ると思っているでしょうが、死によって肉体が滅びた後には、魂が残ります。
これが意識体である。
葬儀とは、死者に死を理解して頂く絶好の機会なのである。

家族が、親族が、友人知人が弔問にお出でになり、涙して別れを惜しみ、故人の生前の話をする事で、自分の死を理解したケースを私は数え切れないほど視て参りました。

そして、僧侶が光の道へといざない、故人はお迎えの御使者と一緒に帰幽するのです。

葬儀が豪華で無くても良いのです。
心からする行為に、上下の差などありません。
今、自分が出来る最良の事をさせて頂く心が大切なのです。

葬儀とは、野辺の送りで完結しますが、全ては故人への敬いと愛から発した行為なのである。
それを無駄と考え、故人を物品の様に扱う時、この世は、魔界へと変貌する事で在ろう。

自分を育ててくれた両親、祖父母は、言わば恩人である。
亡くなれば祖先【先祖】になり、私達を暖かく見守ってくださる方々なのです。

先祖を粗末に扱う事は、自分を否定するのと同じ事なのである。
今一度、先祖とは、を考え見つめる時ではないでしょうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


葬儀とは、故人のひとつの区切りであり、生きている私達の区切りでもあるのだと思います。
はじめて葬儀に参列したとき、亡くなった人との想い出、様々な出来事を思い出し寂しいような悲しいような気持ちでいっぱいでした。
火葬されるまでは、亡くなったということを認めたくない気持ちもありましたが、お骨になった姿をみたとき、亡くなったんだなとしみじみと感じました。

葬儀は、亡くなった人に今までありがとうございますと伝え、生きている私達も少しずつ前を向いて歩いていくためにも大事なことであると感じます。
読んでいただきありがとうございます

by fudou8jifuku28 | 2018-11-08 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)