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金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教907 墓捨て


密教907 墓捨て

昨今は、墓捨てが流行の様である。
私は、以前から言って居ますが、先祖の無い人は、存在しません。

人間は、雑草では、無い。祖先を敬い、尊ぶ事は、美徳であり、今の自分の証しです。
墓は、面会所。
仏壇、厨子は、礼拝所である。
それを捨てる事は、自分を捨てる事に繋がります。
子孫に繋げ、子々孫々に伝えるのが、家長で有り役目なのである。
息子が娘が墓参りの習慣が無い、それも良いでしよう。
但し、人間は、生まれたら必ず死する事を忘れては、居ないでしようか?
只の骨と考えれば、カルシウムの残骸である。しかし、元は人間、如何なもので在ろう、私は、散骨も良く無いと考えます。
散骨する位なら、焼却場で全てを、焼き尽くし、完全な粉にし、捨てれば良い。
さすれば、何の未練も無い、しかし、それは、全ての縁を自分から、断つ覚悟が必要である。
自分は、会った事の無い先祖と考えて居るから、墓捨てが出来るのである。
そして、無縁墓が急増して居るのも事実である。
墓に貼紙をされ、撤去され、捨てられた墓は、本来は、破砕され、さざれ石に成り、人の役に立って役目を、終えるのだが、積み上げさざれ石にもなれない、墓石は、日本中に存在して居る、考えて下さい。
あなたの愛した人の墓を、あなたは、捨てられますか、私には、出来ません。
せめて故人の生きた証を残し、回向するのが、現界に生きる、私達の責務では、無いでしょうか。


最近、テレビなどで墓じまいという言葉をよく聞くようになりました。様々な理由からお墓を手放す人が増えているようです。

そういったお墓は、産業廃棄物として処理されたり、他の墓石とともに積みあげられたりするのだと、報道されていました。
私が驚いたのは、まだ建てて年数があまり経っていないお墓まであり、それらが山のように積みあげられている姿に衝撃を受けました。

お墓、仏壇は、お参りする場所...
亡くなった人に想いを馳せる場所...
そして、日頃の感謝を伝える場所であると私は思います。
想いが宿ったお墓、仏壇であって、ただの石でも、像でもないのだと...

ご先祖様に想いを馳せることも少なくなるのだろうと思うと、悲しいことです。

読んでいただきありがとうございます
慈福


by fudou8jifuku28 | 2018-10-24 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)