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金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教865 嘘と真


嘘と真

今も昔も、言った言わない、やったやっていない、様々なところや場面で眼にし、聴いて来た。
しかし、真実は一つ。

この世の人間が幾ら偽っても、最後は霊界に帰り、その罪の贖罪をせねばならないのである。

人間は偽っても、天を偽わる事は出来ない。
何故か?

人間は肉体を持つ事で欲を得ます。
しかし肉体を失った時点で、ある一部の者を除いて無欲に氣づき、振り返る。
自己嫌悪に苛まれ、暗闇に隠れるが如く反省の時を過ごし、氣づけば長い時を過ごしていた事を知る。
そして、再度、一から學びを望んで転生するのである。

輪廻転生については、次回詳しくお話しします。

この世で、幾ら地位や名誉を得ても、死する時は何も持って行けないのである。

例えば、金を有り余るほど持って居ても、若さや寿命を買う事は出来ません。
また、地位や名誉の為に伸びる若き芽を摘む行為は、恥以外の何物でもない。
その逆に、若き芽をのびのび育てる手助けをする時、慈愛に目覚め、若き芽は敬う心に目覚めるのである。

蓮の花で例えれば、泥田の中で空を見ず、己れの実だけを大きくし、美しい空を見る事無く、最後は刈り取られる蓮根。
その逆に、花を咲かせ生きとし生けるものに、美しい華を咲かせて魅せる蓮華の花。
正に対象的な事象である。

この世が、泥田の中で美しい華を咲かせる蓮華の花であれば、兇悪な犯罪、嘘で固めた保身主義者、全ての悪は身を潜め、この世は変わります。
やがて、身を潜めていた者も改心の心に目覚め、現界は霊界と同化するであろう。

其処には悲しみも怒りも存在しません。
あるのは、他を思いやる慈しみの世界です。

人間に生まれて、心醜く生を全うするか、貧しくとも感謝の念で過ごすか。
全ては自由意思なのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



人間は騙せたとしても、仏様は騙すことはできません。
他人を騙しても平気でいられる人は、この生きている世の中が全てだと思い、平気で人を騙し、反省もなく過ごせるのです。

嘘をつけば、閻魔さまに舌を抜かれるといった話を聞いたことがありますが、自分の行いが全て自分に返ってくるのだと私は思っています。
読んでいただきありがとうございます

by fudou8jifuku28 | 2018-09-02 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)