金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教853 願掛け断ち物


願掛け断ち物

願掛け断ち物とは、自身の願いを神仏に聴いて頂く為に、
自身の一番好きな物や、大切な事を断つ行為である。

昔の人身御供も、同じ観点から生まれたものである。

しかし霊的観点から見れば、何の意味も無い行為なのである。

そんな事をするよりも、精一杯の努力と祈りを捧げる方が何倍も有効である。

願掛けによって、逆に因縁を背負ってしまった実例を沢山観て来ました。

一例を挙げます。

ある神仏に商売繁昌の願掛けをし、叶えば御社台を自宅にお祀りすると誓いました。

それから暫くして、商売は繁昌しました。
1年が過ぎ、2年が過ぎ、3年目、商売は思わしくゆかなくなりました。
困り果て、人づてに私の元へとお出でに成りました。

私には、その方が来た瞬間に解りました。
願掛けの失敗である。
ご本人は、神仏と約束した事をすっかり忘れて居たのである。
そして、3年目に現れたのである。
忙し過ぎて、御社台の建立を棚上げにしたまま時が過ぎて居たのである。

私は依頼者と一緒に、願掛けをした神仏が祀られている場所に行きました。
謝罪し、請願を立てました。

神具師の仕事場に行って立派な御社台を作って頂き、それを依頼者の家に安置して供養を行いました。

それから半年くらいは苦しかったようですが、今では前以上の繁昌店に成りました。

では何故、半年以上苦しかったのか?
それは、当たり前である。

自分が2年以上も約束を守らず、建立したから直ぐに元どおりにして欲しい。は誤りである。

様子を見られたのである。
この者が本当に改心したかの様子見である。

今では毎日、神仏を中心とする生活をされておられます。

神仏には、出来ない約束はしてはいけません!

約束をしたのなら守りましょう。
守れないのなら、最初からしない事である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

○○を止めるので、願いを叶えてください。
○○をするので、願いを叶えてください。
人は窮地に陥るとそういった考え方になることがあります。

その時は真剣な想いであっても、つらさ、苦しさが消えたとき、喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざのように、自分の力で良くなったのだと思ったり、神仏への敬いがなくなり、忘れてしまうことは悲しいことです。

断ち物よりも、努力と祈り...
努力と祈りによって、仏様から自分が気づかさせていただくことが多くあるのだと私は思います。

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by fudou8jifuku28 | 2018-08-15 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)