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金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教824 坂道


坂道

坂道とは、当たり前に、登りも有れば下りもあります。
これを私の人生に当てはめて考えて見れば、自分なりに結論を出すことが出来ます。

山あり谷あり、平坦な道は僅かでした。
正直、平坦な道を羨ましく思った時もありました。
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しかし、全ては自身が選びし道と理解した時、全ての謎が解けます
他人の人生を羨ましく思ってはいけません!
楽な道に甘んじてはいけません。

何故か?

羨ましく思うのであれば、その人の陰の部分《苦労》をも、羨ましく思わなければなら無いからである。

私の人生で言えば、17歳で渡米し、武術家で生きる決心を固めた。
次は、中国で拳法の修行する為に帰国するが、20歳で両親が他界して武術を断念。

僧侶となり6年後に結婚。
3年後、長男を授かる。

私にとって、かけがえの無い肉親である。
3年後、長女を授かるが死別。

長男は25歳の若さで他界。
次いで妻も他界。
暗黒の時代である。

それから10年の間、ある命題に取り組んだ《人は、何故、生きる、生きるとは、何か》
10年間、答えを求めて様々な事を學んだ。
金も無く、食にも窮するありさま。

私は寝食も忘れて學び、現在、私が主宰する塾で教えることに辿り着いている。

人は、生きる事に執着すれば學びを忘れ、人生を諦め死を選択すれば闇に迷う。

學びを選択した時、深遠さを知るで在ろう。

人の人生に、不公平は無い。
あるのは、あなたしか到達し得ない學びの道。

人を羨み、無為に過ごすのではなく、自分の人生に向き合う事こそあなたの學びなのです。

あなたの人生を、他の人が代わる事は出来ない。
また、幾ら羨ましく思っても、他の人の人生を受け継ぐ事は出来無いのである。

なれば、己が人生を輝かせてこそ、最高の満足と笑顔を取り戻すことが出来るのである。
學ぶ行為には、その種が隠れて居るのだから。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



自分の苦しみはよく見えても、他人の苦しみはよく見えない。
他人の幸せを羨んでも、自分が幸せになるわけではない。
他人の幸せを一緒になって喜ぶことができるようになったとき、自分も幸せになり、相手も幸せになる。

自分がどの学びを選びとるのか。
人によって学びの速度は違っても、学び、道を歩むことで成長できます。

by fudou8jifuku28 | 2018-07-03 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)