金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

12.2  717信仰信仰とは...

12.2  717
信仰

信仰とは、誰にも左右される事無く自由に持ち続けられる心の栄養である。
その昔、武術家で生きる事を夢観て単身アメリカに渡り、様々な経験を積みました。
帰国後は高名な先生方に指導を賜わり、前途を嘱望された時代。

日本武道館に菊の紋章を胸受けて参内した頃、その後の数奇な運命を知る由も無かった。
その出来事は、突然に訪れた《両親の死》

その後、出家。
しかし、在家から出家した者に風は冷たかった。

阻害と無視。
しかし、武術で培った精神はやわでは無い。
そんな小さな事では微動打にもしない。

そんな時、本物の師僧に巡り会えたのが分岐点であった。
師僧は、様々な秘法を惜しげも無く御教授下さった。

正に、信仰は心の栄養と確信したのはこの頃である。
修行が厳しいのは当たり前。
嫌なら辞める自由は、誰にでもある。

しかし一旦、覚えて身につける喜びを知る時、苦は苦で無くなるのである。

武術を動の修行とすれば、
僧の修行は静である。
どちらの修行も己れが選びし道、貫き導き出すしか無い。

修行に楽は無し。
そして歳を重ね振り返れば、自分の道は自分で切り開く事に氣づくであろう。

御本尊様の前に座して読経する時、生まれて来たしあわせに氣づく今日この頃です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


慈福の私感
信仰とは、誰にも左右される事無く自由にもつことができる。

仏様に手を合わせ、向かい合うとき...
ありがとうの気持ちが湧いてくる。どんなときでも仏様は観てくれている。そう思う。
仏様に手を合わせるとき、ホッとする自分がいる。
少しでも安らげるのなら、それは安心と言うのだろう。
信仰は、安らぎを与える。
ありがとうございます 慈福

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by fudou8jifuku28 | 2017-12-02 06:00 | 赤不動明王院便り | Comments(0)