金剛山赤不動明王院、慈福のブログです。 學びを深めるため永作優三輝師僧の許可を得てリブログしています

by 慈福

密教789 忘却と良薬

忘却と良薬

昨今、心の病に苦しむ人が増加して居るのを知るたびに、心が痛みます。

人は、苦しむ為に生まれて来たのでは無いのです。
増してや、他の人を苦しめる為に存在して居るのでも無い!

共に學ぶ為に、今世を選び、《時代、環境、境遇》をも自らが決めて生まれて来たのが真実である。
そして、様々な出来事に遭遇して喜怒哀楽を繰り返し、生きるとは?を學ぶのです。

やがて、経験を通して感動を知る事に繋がるのです。

感動を知ろうとしなければ、経験は単なる出来事に終わり、何故生きるにも繋がらないであろう。
人は死を恐れ、病を嫌う。
「病は愛を學ぶ経験」と捉える時、全てが変わります。

例えば、私達が今迄の人生で遭遇した全ての事を鮮明に覚えて居たとしたら?
私は発狂していたでしょう。

人間は哀しみが頂点に達する時、我を喪うか、忘れようとします。

何故か?
怒り、哀しみに支配される時、平常心は失われ、感情に押し潰されます。
判断能力も著しく低下し、やがて死する事に特化して行きます。

私が選んだ結果は忘れる事だった。
忘れ上手は、生き上手。

悲劇の主人公に自分を仕立ても、哀しみや怒りが増加するだけで何も変わら無い事を悟りました。

人間は死を迎える時、この世の物は何も持って行けません。
しかし、経験を感動に変えられる時、たくさんの感動を、土産として持ち帰る事が出来るのです。
そして、霊界で待つ懐かしい人達に再会出来るのです。

忘却と良薬。
正に、忘れ上手は生き上手である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




良薬、口に苦し ということわざがある。
良い薬は、苦かったり美味しくない事が多い。

人によって苦い思い出、、つらかった思い出、思い出すと苦しくなる思い出、など様々ある。
体験した苦しみは違うが、時間をかけて少なくしていくことはできる。
しかし、忘れ、放念するまで心の痛みは伴う。
怒り、哀しみの渦に居るときは、良いことはなかった。
怒り、哀しみから出ることができたとき、世界はいつもより輝いて見えるのではないだろうか。
ありがとうございます 慈福


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by fudou8jifuku28 | 2018-03-31 06:00 | 赤不動明王院便り